『歯周病で失われた歯槽骨(あごの骨)や歯ぐきなどが《薬》で再生する!』
そんな夢のような治療が実現しようとしています。
大阪大学大学院歯学研究科の村上伸也教授のグループによって20年以上続けられてきた歯周組織再生の研究が、実用化に向け大詰めを迎えています。
歯根膜に眠る幹細胞が骨や歯ぐきに!
歯周病は35歳以上の80%がかかっているといわれる国民病です。
これまではプラークを取り除いて進行を食い止めるのがやっとでしたが、村上教授グループの研究で治療方法が劇的に変わろうとしています。
歯周組織は歯肉、歯槽骨、歯根膜、セメント質(歯根の表面)の四つの部分から構成されています。歯槽骨とセメント質の間にある歯根膜は歯と歯槽骨をつなげる役割を果たしています。この歯根膜に、骨になるか筋肉になるか、はたまた脂肪になるか、その運命が決まっていない《赤ちゃん細胞》である幹細胞が眠っていたのです。
村上教授グループは、歯根膜に眠る幹細胞を歯槽骨や歯根のセメント質などに再生させる研究を続けてきました。骨の再生を促すタンパク質『FGF-2』に着目。『FGF-2』の局所投与などの臨床実験を2001年から10年以上も重ねてきました。全国の大学歯学部の協力を得て実施された大規模な臨床治験で、『FGF-2』(濃度0.3%)投与後9か月で、失われていた歯槽骨が平均50.8%回復したことが確認されました。
村上教授は「失われた部分の約50%が回復するということは、歯槽の半分が失われてい人でも75%まで取り戻せるということです」と言います。左図資料は大阪府歯科医師会「歯の新聞」より
実用化されれば世界初の快挙
歯周組織再生の治療として現在、人工膜で歯槽骨再生のためのスペースを確保する『GTR法(歯周組織再生誘導法)』やブタの下顎骨歯胚から生成されたエナメルマトリクスタンパク(EMD)を使ってセメント質形成を促進させる『エムドゲイン法』などがありますが、これらはあくまで《医療材料》を使った治療法。村上教授グループの研究成果が実用化されれば、歯周組織再生を誘導する世界初の《薬》となります。
村上教授は「歯周組織だけでなく、再生医療全体を見渡しても初めての再生誘導薬になるはず」と話しています。
ただ幹細胞の数は加齢とともに減少するため、高齢者や重度の歯周病患者は歯根膜の幹細胞だけでは十分な量が確保できない場合があります。
このため、村上教授グループはおなかの皮下脂肪から取り出した幹細胞を歯周組織再生に活用する研究も進めています。再生医療には骨髄から採取された幹細胞も広く利用されていますが、おなかの皮下脂肪に含まれる幹細胞を利用すれば、患者負担も軽減されるなどメリットが多いとか。
ビーグル犬を使った実験では、歯周組織に移植された脂肪組織由来の幹細胞から骨が再生されたことをすでに確認。次は人を対象とした臨床研究に入るそうです。大阪大学歯学部附属病院の近未来歯科医療センター(2010年開設)は細胞調整が行える施設を備えています。今後、同センターを拠点として、臨床研究が進められることになり今後が期待されますね。
資料参照:大阪府歯科医師会「歯の新聞」より
村上教授プロフィール:
村上伸也(むらかみ・しんや)
大阪大学歯学部卒、歯学研究科修了後、アメリカ国立衛生研究所研究員となる。大阪大学歯学部助手、歯学研究科助教授を経て2002年、教綬。歯周病学の発展に貢献した研究者に贈られる国際的な学術賞「アンソニー・リゾ賞」を受賞するなど歯周病研究の第一人者。